お侍様 小劇場
 extra 〜寵猫抄より

    “仔猫のいる生活は”


ともすれば、以前より結構用心深くなった方だと思う。
用心というのは何だか物騒な響きがするので、
ならば“注意深くなった”というべきか。
ついついとか、うっかりとか、
そういった気の緩みから、何が起きるのかの予測がつかない。
これまでの蓄積を持ってきても
何だこりゃとか、何でこうなった?とか、
小首を傾げるしかないような、
そういう光景や事態に色々と遭遇してきたものだから。
これでもしっかり者で通ってきた身、
それにも増して、
用心を忘れぬようにと意識しているつもりなのに。

  ……ねぇ?





まずは くんすんと匂いを嗅ぐ。
次に表面を恐る恐る撫でてみる。
思ってた通りの感触ならともかく、
指先や手のひらへ何か引っ掛かりがあろうものならば、
何だろ何だろと
先にも増しての熱心さで何度も撫でてみる。
そのうちべろんと端っこがめくれてでも来ようものなら、
ますますのこと ちょっかいかけは勢いと集中をまし。
小さなお手々でも一丁前に、
指先で摘めるほどにも剥がれて来たらばしめたもの。
えいって ていって引っ張って引っ張って、
めりめり・ぺりぺりりと破って剥して。
どんなもんだいと意気揚揚、
自慢げにぱくりと咥え、
どこぞかの隅っこへ隠しに行ってしまったならば、
もうもうそれで ジ・エンド。
もしかしてそれが、宅配便の伝票で、
段ボール箱の表から器用に剥がし取られた動機はといや、
ただ、ビニールのカバーが気になっただけ…で、
仔猫様には特に他意なんてないのだろうが。
まだお相手の住所を控えていなかったりした日にゃあ、

 「…久蔵、
  怒んないからどこにやったか教えてよォ。」
 「にゃ?」

たとえ言葉が通じたところで、
無邪気な仔猫さん、
取引にと差し出されたケーキで頭がいっぱいで、
もはや正確な隠し場所なんて、
果たして覚えているかどうか…。




そうかと思や、探しものをしに入ったお部屋、
ああ、あったあったとホッとした反動から、
若しくは、勘兵衛から頼まれての探しものだったので、
早く届けて差し上げなくてはと気が急いてのこと。
うっかりとふすまを閉め忘れたりした日にゃあ。
ほんの一瞬の隙を…どうやって突いたのかも判らない。
確かリビングでお昼寝中だったからと安心して、
こそりとやって来たお部屋だった筈だのに
……と後悔してももう遅く。

 「………………久蔵。」
 「みゃっ!」

爪の当たりようが気持ちよかったか、
何の、紙の敗れる感触や響きが
肉球にはぞくぞくするほど気持ちいいのか。
出入り禁止にしている和室の、
ふすまや障子を思う存分、
小さいが鋭い爪を立てたお手々で蹂躙してくれてたり。




ガラスものや薬品の類など、
良く判らないおちびさんが、
うっかりと触ったり、万が一にも口へ入れては危ないからと、
手が届かないところへ遠ざけたのに。
引き出しのつまみでも、ゴミ箱の縁でも、
何でも足がかりにして身を伸ばすと、
何でそんなに執念を燃やすかと呆れるほど、
遠くや高さも何のそのと、追いかけてって触ろうとするし。
何度言っても、
向かい合ってのメッと怒ったお顔をして見せても、
コタツや食卓以外のテーブルや机へよじ登るのを止めないし。
ボックスティッシュやウエットティッシュのケースを見つければ、
中身を全部引っ張り出すまで構い続けるし。
それでいて、テレビ画面にお気に入りの仔犬が映っていると、
どれほど声をかけても、トランス状態になったまま動かないし。
床の上、部屋の隅なんぞで小さな塵を見つけると、
ちょいと摘んでそのまま口へ入れようとするし。
寒そうだからと靴下を履かせたりボレロを羽織らせたりしても、
半日足らずでどこかへ落っことしてくるし。

 「…まあ、最後のは仕方がないんだろうけれど。」
 「ははあ、そうなんですか。」

叱られているらしいなという、
声や態度はさすがに判って来たものか、
ぴゃっと逃げる素早さも日々増して来てねと。
ふわっふわのキャラメル色の綿毛をまとった、
それはお行儀のよさそうな、
高貴なほどにお澄まし顔の小さな仔猫。
今も、そのお膝に陣取っているところの、
金髪の秘書殿の何とも嫋やかな風貌に相応しい、
品のある大人しさで可愛らしくも“いい子”でいるものへ、
優しい所作の白い手がよしよしと優しく慰撫してくれるの、
嬉しそうに受け止めて目を細めている坊ちゃまなのにネ。

 「特に“外づらがいい”ってワケでもないんだけれどもね。」

編集員の林田さんが“気づかなんだ”と微妙に驚いておいでの、
久蔵ちゃんの日頃の腕白ぶりのあれやこれや。
島谷せんせえの原稿を待つ間のお喋りが転がった末に、
辿り着いたのがそんな話題であり。

 「よじ登るといえば…。」

人間の言葉は判らない身だから仕方がないか。
お外は寒いがリビングは燦々と陽光降りそそいでいての暖かく。
そちらさんはとっくに
七郎次お兄さんのお膝の上にて、
うつらうつらとうたた寝に入りかけてたクロちゃんに引き続き。
くあぁ〜っと愛らしい欠伸をしていたかと思いきや。

  あれっ?と

間近にいた七郎次でさえ気づかなんだほどの素早さで、
いつの間にやら…足音もなくサササッと近寄っていての、

 「…みゃおうvv」
 「わ。何だ何だ、久蔵。」

何せ小さい存在だからと言やあ身も蓋もないけれど、
こぉんな可愛らしい上に、
家族も同然という構いつけをしている愛しい子。
それを見落とすなんて有り得ないはずが……。
不意な足元からのお声とか、
いきなり足へと飛びつかれの、
あっと言う間によじ登られのするのへと。
ビックリするやらくすぐったいやら、
うわわっと驚かされることもしばしばなのが、
当家の大人二人なのであり。
今も、やっと推敲も終えたらしい原稿を手に、
林田さんの待つリビングまでをやって来た勘兵衛だったのへ。
そこはさすがに、
猫の嗅覚や聴覚が素早く働いたのだろう。
真っ先に気づいた挙句、
たかたかとラグの上を音もなく移動し、
入ってきたばかりのせんせえに飛びついてのこの歓待ぶり。
腰から背中へ回っての、
まだまだ登るぞとする小さな冒険小僧なのへ、

 「こら、久蔵。」

悪気はないのは判っちゃいるが、
やんちゃにも時と場合というものがあり。
一応はうなじへ束ねておいでだったとはいえ、
背中へ垂らされた、豊かで微妙にクセのある勘兵衛の髪へ、
小さなお手々で掻き分け掻き分け、もぐり込んだりしたならば、

 “場合に拠っちゃあ、
  ほどくのに手間取ることだってあるってのにもう。”

何で懲りないかなぁとの苦笑とともに、
コタツの前から立ち上がり、
悪戯小僧を手際よく取っ捕まえた敏腕秘書殿で。

 「みゃみゃつ、にゃうまう。」
 「はいはい。クロちゃんと一緒に待ってようね。」

あしょんでほしかっただけなのよ?と、
そんな白々しい言い訳でもしているものか。
大人の手の中、
すっぽりと収まってしまうほどの小さなメインクーンちゃんは、
小さな坊やの姿でもやっぱり愛らしくって。

 “……だからって、
  何やっても許しちゃうっていうんじゃあ ないんだからね。”

それこそ、一体 誰への言い訳なのやら。
こちらだって猫語は判らないのだけれど、それでもね。
何やらしきりと“にゃにゃにゃっ”と並べる仔猫様なのへ、
そぷなの・ふうんと相槌打ってる、
チビさんたちへは特に
甘くて優しいおっ母様であったそうでございます。


  ほかほかと温かくして、
  風邪とか拾わないよう、お過ごしくださいますようにvv




   〜Fine〜  2011.11.25.


  *生花を活けられた花瓶を蹴倒すこともない、
   お行儀のよさや品のある風貌を
   褒められてた久蔵ちゃんが、
   されど…どんな悪戯をしまくっているかは、
   いつぞやにも書いたことがあったと思いますが。
   小姫ちゃんがやらかすあれこれと接する日々の中、
   ああきっと、久蔵ちゃんもこんななんだろなと、
   しみじみ痛感している今日この頃……。
   マガジンラックからリモコン各種を全部引っ張り出しの。
   本棚の、ついつい本の上の隙間へ突っ込んでた、
   雑誌や新聞を やはり引っ張り出しの。
   低めの整理棚の上へ並べてあったぬいぐるみや小物の類は、
   毎日どころか通るたんびに全部落としてってくれますし。
   宅配便のラベルも片っ端から剥しますし、
   その段ボール箱へよじ登りもします。
   空き箱には危ないから登るなよと言っても、
   来日(…おいおい) 一年2ヶ月の幼子では、
   まだ日本語が通じません。
(む〜ん)
   油断すると 足音もしないままのいきなり、
   後ろから尻や足へしがみついてくれますし、
   あと、長い棒が妙にお好きで、
   はたきを掛けるのもいない隙を狙ってですし、
   ワイパーで床を掃こうものなら、
   どこに居たって飛びついてきます。入れ食いです。
   でもでも、掃除機はなぜか怖がります。
   ますますと座敷犬です。(こら)
   そんなこんなで、
   にぎやかな日々を送っている当方でございます。
   育児って最後に物言うのは体力と根気よね〜。(しみじみ)

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